数々のクルマを乗り継いできたことから、業界でもかなりの“クルマ通”として知られる戸賀敬城。彼が選んぶクルマが持つそれぞれの魅力、さらには、そこから読み取ることが出来るクルマ選びの基準を、本人の口から語ってもらうのがこの『愛車遍歴決定版!』。話の聞き手は、戸賀(トガ)のCar Ex編集部時代の同期であり、フリーランスエディターの菅原(スガ)。編集部時代は、仕事も遊びもほとんど一緒に過ごしていたという「トガ&スガ」ならではの、懐かしい昔のこぼれ話もお楽しみください!
「何も薄まっていない、本物の濃厚なメルセデスが新車で欲しかった」
スガ 前回、いや前々回の愛車遍歴決定版からの流れをおさらいすると、「MG RV8とオペル アストラワゴンの2台持ちの失敗体験から、若干、クルマに対する気持ちが萎えちゃったトガが、リハビリのための購入したのがメルセデスのE280(W124)だった」
そして「このE280が、『最善か無か』を標榜していた、旧き良き、濃厚なメルセデスそのものだったことに驚き、感動し、メルセデスが世界一のブランドである事を、トガはあらためて確信」
「トガには珍しく、感動をあたえてくれたE280には2年以上乗り続けた。しかしクルマに対する熱意が復活してきたところで、あっけなく手離し、次のクルマの購入を決意」
この流れで合っている?
トガ まったく合っていない(笑)。まず、あっけなく手離してはいない。E280は本当に素晴らしいクルマだったから、30年後に再びW124を手に入れることになったことは知ってるだろ?
だから、そんなに簡単に手離したワケではない。
スガ じゃぁ、なんでそんな素晴らしいクルマを手離そうと思ったんだよ。
トガ C200の回でも話したことだけど、その頃ってメルセデスがクルマ造りのコンセプトを変えようとしていた時代だったし、コストダウンに向かっていた時代でもあった。「最善か無か」を企業理念として掲げていたメルセデス最後のモデルが、W124だとしたら、もうあの昔ながらのDNAを色濃く継承しているメルセデスを、新車で手に入れることは出来ないんだよなぁ、なんてよく考えていたんだよ。
そんな時、あるモデルが残っていたことに気が付いた。
スガ あるモデル? …………あ、思い出した。あれか!
「ゲレンデヴァーゲンの存在に気が付いた」
トガ やっと思い出したか(笑)。そう、E280の後に手に入れたのは、メルセデス・ベンツのゲレンデヴァーゲンだよ。
スガ そうだった、そうだった、確かにSUVだ(笑)。あのシルバーのゲレンデヴァーゲンね。
トガ その通り。ちなみに内装は黒のレザーだった。当時のゲレンデのボディタイプは、ロングとショートとカブリオ(ショートのみ)の3種類があったんだけど、エンジンは3.2リットル直列6気筒のみ。
この直6は97年式が最終モデルで、98年式からはV6になっちゃうから急いで購入したんだよ。BMWの直6ほどは凄くはないけど、排気量以外の基本的な作りはE280と一緒だから良いエンジンであることは分かっていたからね。
内装はレザーの他にファブリックも選べたんだけど、ディーラーの在庫車の中から選んだということもあって、シルバー×黒レザーでショートボディという、意外と無難な仕様に落ち着いたという経緯がある。
あ、でもショートにしたのはこだわりポイントのひとつ。やっぱりショートの方がゲレンデらしいし、基本、俺は人を乗せないから。
今は新車でショートが手に入らないから、中古の市場でもかなりの人気があるんじゃないかな。もしディフェンダーを買うとしたら、やっぱりショートボディがおススメだね。

1997年当時のゲレンデヴァーゲンのボディバリエーション。ロングホイールベース、ショートホイールベース、
オープンモデルの3タイプから戸賀編集長がチョイスしたのは、ショートホイールベースのシルバーカラーだった
スガ なるほどね。だいぶ思い出してきたよ。確か1997年の話しだったよな。
「トガがスポーツカーではなく、SUVを選ぶのかよ」って驚いた記憶があるんだよ。だってあの頃って、993型のポルシェ911が最終年だっただろ? トガなら『最後の空冷911』にいくんじゃないかなぁ、なんて勝手に思っていたんだよね(笑)。
トガ いや、俺もそれは考えた(笑)。まわりからも、「戸賀は993に乗らなきゃダメだろ!」なんて声が上がっていたしね。
スガ でもそんな期待を裏切って、昔ながらのメルセデスのDNAを色濃く継承していると思われたゲレンデヴァーゲンを選んだワケだ(笑)。実際、当時のゲレンデはどんなクルマだったの?
「当時のゲレンデの走りを思い出す」
トガ まずは走りでいくと、3.2リットル直列6気筒のエンジンを積んでいるにも関わらず、車重が有り過ぎて全然走らなかった記憶がある(笑)。軽く2トンを超えていたからね。走行中は風切り音がうるさいし、ピョコピョコ跳ねる乗り心地はさながらトラック。間違いなく女性にはウケないことを、秒で確信した記憶がある(笑)。
さらに当時は、ゲレンデヴァーゲンがメルセデス・ベンツの1モデルであることが、まったく認知されていなかった。
トガ だろ? さらに言うと、女性ならまだしも男でも、「これってジープ?」って聞くヤツがいた。それくらい知られていなかったんだよ。
スガ 誰にも分ってもらえないクルマって、944ターボと一緒じゃん(笑)。良くそんなクルマに我慢して乗っていられたな?
トガ あのなスガ、俺がゲレンデヴァーゲンに期待していたのは、女受けでもなければ、走りの良さでもなかったんだよ。若い頃とは、その辺がまったく違う。
俺としては、ゲレンデのなかに、メルセデスのDNAを色濃く継承している部分があることが何よりも大事だった。「最善か無か」を追求したメルセデスの『真摯なクルマ作り』を感じることができたら、それで満足だったんだよ。
スガ トガ、すまん。オタク過ぎて俺にはちょっと分からない。
トガ 分かれよ(笑)。分かりやすいところで言うと、圧倒的な剛性感が挙げられる。納車されてすぐに気が付いたんだけど、剛性&密閉性が高過ぎるから、かなり強く閉めないとドアがキチンと閉まらないんだよ。これは、今のゲレンデにも継承されているけどね。
スガ あ~、あの耳が『キ~ン』とするくらいの密閉感な。
トガ そうそう。そして、そういう剛性感はすべてにおいて一貫していて、ステアリングやトランスミッション、アクセル&ブレーキ、サスペンション、そしてスイッチ類の剛性すらも高いことに感動した。『すべての操作に剛性感がある』、そこにはメルセデス・ベンツが持ち続ける信念というか、執念に近いものさえを感じたよ。

戸賀編集長が、手に触れるすべての操作系に剛性感を感じたというゲレンデヴァーゲン。
岡崎宏司さんの「さながら2トンを超えるライカ」という表現は、まさにその剛性感を表している
スガ 確かに乗り心地は最悪だったのは覚えている(笑)。でも剛性感が凄かったことも、四半世紀以上が経った今でも覚えているよ。ほかのクルマとは一線を画した、本物だけが持つ風格みたいなものも感じた覚えもある。
トガ スガが覚えているかは分からないけど、当時、モータージャーナリストの岡崎宏司さんが「さながら2トンを超えるライカ」と表現していたんだよ。俺は、まさにその通りだと思った。
ゲレンデヴァーゲンは、 “質実剛健”という言葉そのもののクルマであり、所有することの喜びをあらためて思い出させてくれたクルマだったね。
「その後のクルマ選びにも影響をあたえたゲレンデ」
スガ 確かに、トガがゲレンデを本当に好きなことは、その後のクルマ選びを見ていても分かる。だってその後も、数台のゲレンデを乗り継いでいるもんな。
トガ まぁ、若い頃は「速さ」とか「馬力」とか「カッコ良さ」とか、わかりやすい基準でクルマを選んでいたことは否めないけど、確かに30歳を過ぎて、ゲレンデヴァーゲンに乗り始めた頃から、メーカーのクルマ作りのコンセプトやそのクルマの成り立ち、完成度などをフラットな視点で評価できるようになった気がする。
スガ クルマの本質を見抜く術を、ゲレンデが教えてくれたって感じ?
トガ まぁ、そんな感じかな。でも、スガのくせにカッコ良く締めようとするところがムカつく(笑)。ちなみにこのゲレンデヴァーゲンには心底惚れ込んでだから、人生で7台目の愛車にして、初めて車検を取ったという思い出もある。
スガ 7台目にして初の車検って(笑)。でもトガが3年以上乗ったんだから、かなりの惚れ込み方だったことが分かるよ。
俺の記憶が確かならば、その惚れ込んだゲレンデヴァーゲンを手離した後、メルセデスのラグジュアリーモデルを、2年間に3台も乗り継ぐことになるんだよな。これって、どういうこと? 買い替えのサイクルがあまりに短くない? クルマの本質を見抜けるようになったんじゃないの (笑)。
トガ いや、スガちょっと待て。それにはちゃんとした理由があるんだよ。初めから説明するとだな……。
はい、この言い訳は、次回の愛車遍歴決定版でたっぷり聞かせていただきましょう!